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トレジャーデータ創業者が語る、売れるものをつくる力〜開発組織の価値をどう証明するか〜
2024年11月15日、ファインディ株式会社が主催するイベント「開発生産性Kaigi スタートアップが目指す、開発と事業成長の接続〜価値創造への挑戦〜」が開催されました。
本記事では、Treasure Data, Inc.のCEO兼共同創業者である太田 一樹さんが登壇したセッション「トレジャーデータ創業者が語る、売れるものをつくる力〜開発組織の価値をどう証明するか〜」の内容をお届けします。
ファインディ株式会社 代表取締役の山田 裕一朗がモデレーターを務め、「太田さんの経営へのこだわりとは?」、「経営視点からの開発組織への期待」、「太田さんの考える開発生産性とは?」という3つのテーマを中心にお話いただきました。
■登壇者プロフィール
太田 一樹(@kzk_mover)
Treasure Data, Inc. CEO兼共同創業者
学部課程在学中の2006年、人工知能(AI)開発大手のプリファード・ネットワークス(東京・千代田)の前身であるプリファード・インフラストラクチャーの最高技術責任者(CTO)に就任。2011年に米シリコンバレーにて芳川裕誠(現取締役会⻑)、古橋貞之(現チーフアーキテクト)とともにトレジャーデータを創業。同社最高技術責任者(CTO)を経て、21年6月より現職。東京大学大学院情報理工学研究科修士課程修了。
■モデレータープロフィール
山田 裕一朗(@yuichiro826)
ファインディ株式会社 代表取締役
同志社大学経済学部卒業後、三菱重工業、ボストン コンサルティング グループを経て2010年、創業期のレアジョブ入社。レアジョブでは執行役員として人事、マーケティング等を担当。その後、ファインディ株式会社を創業。
目次
世界のインターネット利用者の6割、30億人のデータを管理
山田:本日はトレジャーデータの太田さんに来ていただいております。よろしくお願いします。まず最初に、自己紹介からお願いしてもよろしいでしょうか?
太田:はじめまして、トレジャーデータでCEOをしている太田と申します。私はもともと東京大学でスーパーコンピューターの研究をしていて、それに関連して20歳くらいの時に、日本のプリファードネットワークスというAIの会社の創業メンバー/CTOになりました。
その後25歳ごろに、やはりソフトウェアをつくるならグローバルに挑戦したいということでシリコンバレーに渡りました。その時は、あまり英語も喋れなかったのですが、芳川と古橋と一緒にトレジャーデータを創業し、そこから14年になります。
山田:ずっとCTOをされてきて、3年前にCTOから代表になられたとお聞きしました。
太田:はい、その通りです。
山田:そのあたりもぜひ後ほどお話を伺いたいと思いますが、続いてトレジャーデータについてのご紹介もお願いします。
太田:トレジャーデータはBtoBのSaaS企業です。お客さまは現在世界に400社以上いて、かなりエンタープライズ向けの製品をつくっている会社です。製品カテゴリは、CDP(カスタマーデータプラットフォーム)です。
皆さん、世界人口が今何人かご存知ですか。世界人口は今、80億人を突破しています。そのなかでインターネットにつながっているのが、およそ50億人。トレジャーデータのお客さまには、ソニーさんやネスレさんなど、さまざまいらっしゃいますが、我々は今そのインターネットにつながっている人のうちの6割、30億人くらいのデータを管理しています。
データの活用はもちろんなのですが、このデータを乱用しない、悪用されないことも重要で、 プライバシーやセキュリティの面でデータを守っていく。そういったところも、会社の社会意義として大きいと思っています。
山田:今、会社全体やエンジニア組織はどれくらいの規模ですか?
太田:会社全体としては、550強くらい。エンジニアやプロダクトマネージャー、UXなどといった、R&D全体で言えば150強です。
山田:メンバーは世界中に散らばっているのでしょうか。
太田:我々のエンジニア組織のうちプロダクトチームは、主にシリコンバレーにあります。これは、プロダクトマネージャーは1つのタイムゾーンにいないと会話しづらいのと、プロダクトマネージャーの人材プールの幅が違うからです。エンジニア自体はいろいろなところにいますが、日本人創業ということもあって、45%くらいは日本にいます。
あとは、バンクーバーに拠点を設けています。シリコンバレーで採用すると、1~2年で辞めてしまう人が多くて、組織がつくりづらいんですね。なので、シリコンバレーと同じタイムゾーンで、ロイヤリティの高いカナダでエンジニアを採ったりしています。
日本には、エンジニアリングマネージャーがあまりいないんですよね。マネージャーは欧米諸国の方が人材プールが多いので、バンクーバーやシリコンバレーで採るケースが多いです。
山田:コミュニケーションはすべて英語ですか?
太田:基本的に全部英語ですね。日本の方も英語でコミュニケーションしていますが、日本で働いているトレジャーデータのエンジニアは、日本人がほとんどというわけではありません。
それから、トレジャーデータはいろいろなところからデータを集めてくるので、コネクターをつくらなければいけないんですね。コネクターを作るために、ベトナムに40人くらいいます。いろんな拠点で、それぞれの文化やタイムゾーンの良いところを取りつつ、グローバルなエンジニア組織をつくっている感じですね。
山田:ありがとうございます。ここで僕の自己紹介もさせていただければと思います。ファインディの代表をしております、山田と申します。実はファインディは、トレジャーデータ創業メンバーの芳川さんが中心となって設立された、カーバイドベンチャーズというVCからも出資いただいています。
もともと我々ファインディも海外への展開を考えていて、かつ「Findy Team+」というデータを扱うビジネスを始めるということで、ふとトレジャーデータの日本のメンバーが知り合いだと思い出して、2年前くらいに連絡したことがきっかけでした。
我々は今インドや韓国にチャレンジしているのですが、先週初めてインドでいわゆるユニコーンに近いスタートアップから受注が取れまして。海外展開の第1弾が始まっている、みたいな状況です。
太田:素晴らしい、おめでとうございます。
給与設計にも反映する「売れるものをつくる」こだわり
山田:本日は私の方から、太田さんにいろいろと質問していければと思います。太田さんは経営への並々ならぬこだわりがあると伺いました。もともとエンジニアご出身でCEOになられて、現在は代表としてグローバルで会社を拡大していくなかで、どういったところにこだわって経営をされているのでしょうか。
太田:創業期から「売れるものをつくる」ことに非常にこだわっています。我々の競合は沢山いますが、必ずしも最高の製品が勝つとは限りません。良い製品をつくるのは前提で、それを商流に乗せていかに販売するか。ここが一番のポイントになると思うので、とにかく売れるものをつくることにこだわっています。
我々は開発の優先順位を決めるときに、「この機能をつくったら、どれくらいのお客さまがどれくらい払ってくれるのか」をすごく議論しています。僕がCTOだったとき、あるエンジニアに「これつくって」と言ったら、「太田さん、これでいくら儲かるんですか」 と言われて、カルチャーが浸透しているなと思いましたね(笑)。
1円いただけるということは、それ以上の価値を感じてもらっているということ。我々は、社会に売上の10倍のインパクトを与えることを意識しているんです。売上・お金というとてもわかりやすいものをプロキシとして使って、営業やマーケティングやプロダクトの共通指標の1つにする文化は、トレジャーデータの創業期からのこだわりです。
山田:もともとエンジニアとしてつくる側だったところから、 そういった目線を持つようになったのはいつごろでしたか?
太田:幼少期からですね。親が自営業で、 食っていくために稼がないといけない家庭だったんです。なので、すごくお金が身近だったし、東大阪という商人の町で生まれ育ったので、 やっぱり自分で稼いで食っていくというのが僕のDNAなんだと思います。
山田:社内に「1ドルで10ドル」というような張り紙もされているとか。
太田:貼ってあります。特にSaaS企業って、今かなりたくさんあるじゃないですか。「Findy Team+」は、グローバルで言うと競合は何社くらいありますか?
山田:20社くらいあると思います。
太田:ですよね。その20社のなかで、1番の会社が時価総額の8割を取っていくんですよ。じゃあ、どうしたら1番になれるかということですが、投資対効果としてファインディさんに1円払ってそれが10倍、20倍の効果をもたらすなら、それはすごく納得感がありますよね。
いろいろなSaaSのバイヤーと話していると、エンタープライズは基本的にROI(Return on Investment)で5倍から10倍くらい帰ってきたらいいと考えている方が多いので、トレジャーデータはその最大の10倍を目指しています。
山田:そういった稼げるプロダクトをつくろうという方針が、エンジニアの給与設計にも折り込まれていると伺いました。
太田:はい。営業はコミッションと言って、取ってきた営業の案件や成績に応じて支払われます。例えば、1,000万円の給料の人だったら500万円がベースで、残りの500万円はバリアブル、つまり営業成績によります。
エンジニアは職種によりますが、だいたい8~9割がベースで、残りの1~2割は業績、売り上げ連動です。だから、会社が儲かれば残りの1~2割が会社のお金からファンドされて、そこに個人のボーナスパーセンテージがかかってくる。プロダクトがうまくデリバリーされて会社が儲かればボーナスが入るという、すごくダイレクトな仕組みにしています。
山田:いつごろからそういった仕組みに変えられたんですか?
太田:これはかなり初期で、創業して1~2年目くらいですね。途中からやったら反発されそうなものですが、これはもう血として流れています。売れるとエンジニアも儲かるという。
山田:なるほど。それがあるからこそ、エンジニアからもPdMに対して「これ本当にちゃんと売れるの?」という厳しい質問が出てくると。
太田:自分事なのです。自分の給料はどこから出ているのかというと、会社の売り上げからだよねという、そこを結びつける仕組みを最初から整備したということですね。
速い開発で、世界の競合250社のなかで1番を目指す
山田:続いて、経営視点からの開発組織への期待値について、お話を伺っていきたいと思います。
太田:開発組織への期待というところでは、 多くの場合、いかに少ないエンジニアでやっていくかという話がされていたりしますよね。なぜそれだけのエンジニアが必要なのか、あまり説明ができないまま拡大している組織も多いような気がしています。なので、御社のプロダクトの話にもつながりますが、ちゃんと効率よく開発できているかは可視化するようにしています。
トレジャーデータには今、競合が250社いるんですよ。参入も年間20~30社あって、まだカテゴリーが拡大しています。おそらく2~3年後にはコンソリデーションフェーズがやってきて、大きな勝ち馬が出てくる。今はその250社のうち、トップの3社がアドビ、セールスフォース、トレジャーデータなんです。
山田:すごいですね。その並びに入るのは。
太田:ただ、先ほども言ったように、そこで1番にならないと意味がないんですね。大谷翔平にならないといけない。そうしたなかで最も意識しているのは、例えばセールスフォースはうちより100倍くらい大きな会社ですが、そこよりいかに速く開発するかということです。
エンジニアの数が100倍いたら、それだけコミュニケーションコストも高いはずで、100倍速く開発できるわけではありません。 向こうには製品ラインが50個も100個もありますが、うちは単体でやっているので、圧倒的に速く開発できるはずです。
今我々は、日に30個くらいJiraチケットをデプロイしています。金曜と土曜と日曜はデプロイしていなくて、月で言うと600個くらい。年間で7200個くらいの改善やバグフィックスを入れられるので、それによって他の競合を寄せつけないようにしています。
山田:そういった指標も見られているとのことですが、やはり機能的にも常に競合を見ながら勝ちにいくことを意識されているんですか?
太田:うちは競合分析をするフルタイムの人が1人いて、250社の競合を全部ウォッチしているんですよ。ナンバー1になるというメンタリティが大事で、競合のことを追いかけても仕方ありませんが、知っておくことは重要です。
お客さまが製品を買うときにRFPと言って、何十社ものベンダーから最後の1社に絞るプロセスがあるんですね。例えば、トレジャーデータだったらこの機能がある、 ここにはない、みたいなチェックボックスがあるんです。それを常に意識して、売れるためにつくるべき機能があった場合は、その優先順位を上げたりしています。
山田:それは世界中にある250社を見ているということですよね。
太田:そうです。我々は基本的にグローバル企業をお客さまにしていて、CDPをアメリカで使っていただいたら、そのあと50ヶ国くらいに展開していくという形で、お客さま単位で売り上げを伸ばしていきます。そうしたなかで、例えばフランスだけ、ベルギーだけでやっているCDPの競合と当たったりするのですが、それらにもすべて勝たなければいけないので。
山田:我々は投資を受けるときにTAMと言われるマーケットサイズを書くのですが、初めて芳川さんにプレゼンさせていただいたとき、「山田さんはこの20倍で事業を考えないんですか」と言われてハッとしたんです。日本人はTAMを日本国内で見てしまうクセがあって。
太田:そうなんですよね。TAMの考えもすごく重要で、基本的には3つあります。1つ目が、今言っていた日本かグローバルか。日本はソフトウェアスペンドのシェアが4~5%程度なので、海外に行くだけで20倍になります。
2つ目はプロダクトの軸で、今はトレジャーデータも1つのプロダクトですが、今後どんどん増やしていかなければいけない。3つ目は顧客セグメントで、エンタープライズかSMBかスタートアップか。主にこの3軸で、どういう順番でどこを取っていくかをよく考えています。
開発生産性を高めるためには、品質とスピードの両立が必要
山田:太田さんの考える開発生産性について、スピードとお答えいただいている部分もありますが、もう少し深掘りしてお伺いできればと思います。
太田:これはよくビジネス出身のCEOの人に話すのですが、ものづくりの工程で品質とスピードはトレードオフだと言われますよね。でも、特にソフトウェアにおいては違うと思っていて。品質が担保できるからこそ、1日に20回も30回もデプロイできるんですよ。
なので、いかに自信を持って変更できるか。それは心理的な安全性もそうだし、技術的な安定性も確保できて初めてできることです。もし10年ブラックボックス化したRuby on Railsのコードが、ここをいじったらあっちが壊れるみたいな状態だったら、当然スピードが落ちますよね。なので、開発生産性が高い組織にするために、そこをいかに両立させるかをすごく意識しています。
山田:売れるものをつくるために機能をつくらなければいけない一方で、生産性を維持するためには、リファクタリングや負債の解消なども必要になってきますよね。そのあたりのバランスは、どのように考えられていますか?
太田:そこはパーセンテージを決めています。僕らは5%を新規プロダクトの開発に割いています。つい既存プロダクトの機能をつくりたくなるものですが、常に新規開発をしていないとイノベーションは生まれません。テクノロジーの業界はスピードが速いので、例えば生成AIが出てきたとなれば、それをキャッチアップしなければいけない。そういったところに投資するための5%ですね。
技術的負債に対しては、今25~30%くらい予算を取ってあって、CTOにこれ以上にならないように、そのなかでマネージしてくれと。残りの部分とイノベーションの部分は、PMがコントロールできるようにしています。これは企業やフェーズによって、例えば今は新規事業をつくらないとか、今はプラットフォームの安定性が課題だからそこの比率を上げようとか、いろいろな塩梅があると思います。
CTO出身のCEOならではの、強みを活かした勝ち筋がある
山田:ここからは事前のトークテーマに加えて、僕からの質問もしていければと思います。トレジャーデータは、事業CEOからCTO出身のCEOに変わったことで、どういった部分が一番変わりましたか?
太田:僕はトレジャーデータの3代目のCEOで、1代目のCEOは芳川でした。それぞれに自分の勝ち方があると思っていて、芳川はどちらかというと営業やファイナンス畑で、彼には彼の勝ち方があります。僕はどちらかというと技術畑なので、プロダクトで勝つというのが勝ち筋なんですよね。
社長になって、一番大きなミステイクだと自分が思ったのは、何でもやろうとしてしまったこと。 営業も不得意ではないけど、得意な人は社内にもいるんですよね。「こうやって勝つんだな」というのがなんとなく見えてくるまで、半年から1年くらいかかりました。
最近はAIもそうですけど、経営に技術が関わってくる話が多くなっています。“Software is eating the world”みたいな話がありますが、技術がわからない人が経営できるのかという話にもなってくるので、そこはやっぱり自分の強みの1つだなと思っています。
ただ、CTOをやっていた時は、ロジックで会社や組織を動かそうとしていたんですけど、社長になってみると、人はロジックではなく感情で動くことが当然あるんだと。そういった部分は、もう本当に180度自分の行動を変えたりして、そこのトランジションは個人的にもとても面白くやっています。
山田:今はどのような時間の使い方をされていますか?
太田:私が社長になった時、トレジャーデータの売り上げの8割くらいが日本でした。ただ、そのタイミングでソフトバンク・ビジョン・ファンドから出資を受けたのですが、日本だけだとTAMが足りないんですね。
アメリカがソフトウェアのTAMの6割くらいなので、もうそこで勝たないと1番にはなれない。なので、アメリカとヨーロッパに集中したんです。今はアメリカとヨーロッパの売り上げが過去3年で4~5倍になって、売り上げの6割くらいを占めています。
そこまで持っていったのは、自分のなかでもすごく大きなシフトでした。今まで日本で売り上げがあって、そちらも伸ばさなければならない。けれど、ぐっとこらえてメンバーに任せながら、自分は一番伸びるアメリカとヨーロッパの事業開発と事業推進に時間を割いてきました。
山田:具体的には、プロダクト開発の方向性や優先順位を変えていくといったことですか?
太田:そうですね。例えば、求められることに地域性があることも多くて、アメリカと日本でお客さまから言われることが違ったりします。そうした時に、売り上げが高い方を優先したくなりますが、会社のプライオリティとして「絶対にこっちを伸ばすんだ」という経営判断をするようにしました。
山田:そこはトップダウンで決めているのでしょうか。それとも、エンジニアやPdMを中心にある程度の素案ができてくるものですか?
太田:これには2つあって、まず僕はそもそもプロダクトって、みんなで決めるものではないと思っているんです。 合議制でつくったプロダクトほど、つまらないものはないじゃないですか。なので、ある程度エゴを押し付ける部分があります。
ただ、エンジニアから出てくるアイディアもあるので、うちでは年に3~4回、ハッカソンやアイディアデーを実施しています。そこで時間を自由に使ってもらって、いろいろなレイヤーからのイノベーションを取り込む。できるだけこの両方のバランスを取るようにしています。
山田:面白いですね。それは5%とはまた別のところで、会社のカルチャーにしていっているということですよね。すべての拠点で同時に実施するんですか?
太田:そうです。3日くらいで一気にコーディングして、最後にプレゼン大会をします。みんなで投票してジャッジするんですけど、僕もちゃんと1票なんですよ。
山田:社長の票が大きいわけではないんですね。チームは自由に組むんですか?
太田:はい。最初にCSM(Customer Success Manager)とか、いろいろな人が「こういうものをつくってほしい」とアイデアを出せるんですよ。それで、エンジニアがそのアイデアをいいと思ったらそれをやってもいいし、 自分のアイデアがあるんだったらそれをやってもいいという形です。
やっぱり社長になると、どうしてもお客さまから遠くなる面があるじゃないですか。お客さまに近くてよく知っている人がいいアイデアを持っていると思うので、そこのバランスは意識しています。
人口減で沈みゆく船、日本から出ていける人材をつくりたい
山田:日本では起業するエンジニア、 特に社長として起業するエンジニアは、徐々に増えていますが、まだ多くないと思います。アメリカなどでは、太田さんのようなロールを担う人は多いのでしょうか?
太田:そうですね。ただ、例えば一緒に起業したCEOが辞めてしまったとか、そういう理由も結構多いような気はしますけど(笑)。デベロッパー向けのツールなどは、自分がペルソナなので、そういう領域はテクニカルなファウンダーが多い気がしますね。逆に、ビジネス寄りのアプリケーションでは違うかなと思います。
山田:トレジャーデータは開発組織をすべて海外に持っていかず、日本でも持ち続けられていますよね。それには、どういった思いや意図があるのでしょうか?
太田:これには熱い思いがあります。僕は今、すごく日本に対して悲観的なんですよ。 人口が確実に減るじゃないですか。人口が2~3割減ったら、今売り上げが50億円ある企業の売り上げが2~3割下がってしまう。経済がシュリンクしていくわけです。
でも、徐々に減っているので、沈んでいく船だと気づかない。僕は20歳くらいの時に、このことにものすごく危機感を持ったんですね。外貨を稼げる日本人をつくるというのは、トレジャーデータとは別に、日本人としての僕のミッションだと思っています。
シリコンバレーに行ってわかったのは、 技術レベルはあまり変わらないということ。むしろ日本人の方がいいこともあるんですけど、グローバルの15倍や20倍の規模のマーケットに向けて製品をつくる機会がないんですよ。
山田:なるほど。
太田:なので、沈んでいく船から外に出ていける人材をつくりたいという思いと、日本にいながらもグローバルに向けて製品をつくれる場を提供したいという思いがあります。実際に、トレジャーデータからいわゆるグローバルテックジャイアントに行った人もいますが、素晴らしいエンジニアを何人も輩出できたので、それはすごくいいなと思っています。
例えば、日本だとよく「Rubyの開発者が入りました」みたいなプレスリリースが出ますよね。トレジャーデータはあえて言っていませんが、実はRubyのコミッターの半分くらいが社内にいます。そういう本当にトップのエンジニアの人たちを連れてこれるミッションや場を提供できていることは、誇らしいところの1つです。
あと、トレジャーデータは一度、2018年にArmという会社に売却しています。その時、1億円以上の恩恵を受けた人が、社内に十数人の後半くらい生まれたんですね。
それによって、次の挑戦ができる機会が生まれて、エンジニアを含めてトレジャーデータの卒業生で、会社が6~7個できたんです。 誰かが辞めるときはもちろん悲しいですけど、そういうエコシステムがまわっているのも誇らしいところですね。
山田:やっぱり世界で、そういう規模のチャレンジができるというのは面白いですね。日本だとハードウェアでは結構ありますけど、ソフトウェアではなかなかないので。
太田:特にソフトウェアは、日本である程度食えてしまうというのがありますね。
山田:投資家からも、やはり日本を攻めなさいと言われますね。そうしたArmへの売却もあって金銭的に困ることがない状況で、太田さんが挑戦を続けるモチベーションの源泉はどこにあるのでしょうか?
太田:トレジャーデータは売上の10倍くらいの経済インパクトを社会にもたらしていると思います。ただ、我々がターゲットにしているエンタープライズの会社を考えると、毎年公開される「Forbes Global 2000」のランキングのうち80社が程度お客さまで、あと1920社残っているんですよ。
単一プロダクトだけでそれで、横に足すアイデアがいくらでもあることを踏まえれば、もっと社会的に意義のあるビジネスをつくって、社会をデータで支えていくことができると思っているんです。
山田:先ほど日本は技術レベル的には負けていないというお話もありましたが、一方でトレジャーデータさんのようにグローバルで活躍できている会社はまだ多くありません。そこには何が足りていないと感じますか?
太田:いろいろ支援しようとしてはいますが、あまり腹をくくってくる人がいないかなと思いますね。ローカルでやって移住して日本を完全に任せるか、シリコンバレーで最初からつくるかという2通りがあると思うんですけど、 なかなか失うものも増えてくると思うので……(笑)。
実はトレジャーデータをつくったとき、投資家を50社くらい回って全部断られていたんですが、最初に投資してくれたのがビル・タイさんという投資家でした。その人はもともと、シリコンバレーにいた吉川 欣也さんが始めたIP Infusionという会社に投資して、1回イグジットした経験があったんですね。その成功体験があったから、「また日本人のアントレプレナーに投資しよう」と投資してくれたんです。
それから、ヤフーの創業者であるジェリー・ヤンさんも我々の投資家だったのですが、「日本のアントレプレナーが少ないから応援しよう」という感じで応援してもらったりとか。そうやって僕らもいろんな愛を受けて育ってきました。
なので、次の世代に繋げていきたいという思いがあって、芳川はベンチャーキャピタルをやっているし、 僕もいろいろな形で支援しています。僕も芳川も、やはり日本から出ていけるエンジニアや人材、起業家をつくることは、日本にとって必要なことだと考えています。
日本の未来に、コミュニティ全員でいかに立ち向かうか
山田:会場からの質問で、「エンジニアの採用計画をどうつくっているかお聞きしたいです」とのことですが、いかがでしょうか。
太田:SaaSのトレンドとして、今までのどんどん人を雇って拡大しようという流れから、ここ2~3年で潮目が変わってきていますよね。1人当たりのARRを増やすという考え方で、過去3年で私もそれに取り組んで、 社員から「なぜ人が増やせないんですか」と言われたりもしましたが、1人当たりの効率は圧倒的に上がっています。
エンジニアの採用計画については、まずエンジニア/R&Dの予算は、 売り上げのパーセンテージにしています。今はそれを2割くらいに設定しているので、売り上げのうち2割を予算として、 それをプロダクトのリーダーとエンジニアのリーダーで、 どう振り分けるか決めてもらっています。
山田:単純に割り算すると日本企業より年収が高そうなので、グローバルで勝負することの醍醐味を感じますね。
太田:全然高いと思います。 日本だと1,500万とか2,000万、人によっては3,000~4,000万稼いでいるエンジニアもいます。ただ、アメリカに行って3,000万だと、今は1ドル150円ですから200Kドル、おそらく新卒エンジニアなんですよ。
そこはうちももっと頑張らなければと思いつつ、日本で3,000万のエンジニアってトップクラスだと思うので、そういう人たちをつくれていることはいいなと思いますね。これはもちろん、株とかも全部含めての話ではありますけど。
山田:ありがとうございます。そろそろお時間となりますので、最後に参加者の皆さんへのメッセージをいただけますか。
太田:僕としては20年後、30年後のこの国のことを憂えていて、 それに対して自分のキャリア、並びにこのCTOのコミュニティ全員でどう立ち向かっていくかだと思っています。この20~30年、日本の経済が成長しなかった一方でアメリカが成長しましたが、その成長の差分はITです。
だとすると、ここに参加されているエンジニアやCTOの人たちが、 トヨタやソニーを超えるような規模の会社をつくらないと、 日本は立ち上がらないですよね。そのくらいのマインドと視座を持って、今後10年、20年、30年、自分がどう人生を過ごしていくのか。これを1つ、この会場に投げかけたいです。
あとは、今回のテーマにもつながる部分で、日本ではお金について話すことに良くないイメージがあると思いますが、お金というのは1つの価値の貨幣、基準だと思っています。そこにこだわった組織をつくって、最終的にはものすごく大きなビジネスを、このコミュニティ全体でつくっていければいいなと思っています。
山田:ファインディも、挑戦するエンジニアのプラットフォームをつくることを掲げていて、日本だけではないグローバルでの挑戦を、自分たちもやっていきたいですし、一緒に皆さんとやっていきたいと思っています。本日はそういった視点で、太田さんにお話を伺いできて良かったです。本日はありがとうございました。